2013年 04月 22日
反復コーヒー
某月某日某所。
甘木先生よりコーヒーの淹れ方を教わる。

某御大のコーヒー教室で教えていただいたのに、全くもって身につかず、天を仰いで我が腕を恨んでいた。
そんなところへ甘木先生が手を差し伸べてくださった。
先生はいとも簡単にするりとお淹れになる。

こちらはへっぴり腰ならぬ、へっぴり腕。
湯をコーヒーに落とす、それがぎこちなく、へっぴり。

とにかく回数をこなす。
惜しまずどんどん豆を挽いて、どんどん抽出する。

酸味のない深煎豆なのに何度やってもスッパエグい。
試飲するまでもなく、香りでわかる。
アクの落ちる不味い淹れ方になっているそうだ。

豆の無駄、豆の無駄、豆の無駄。
私の馬鹿、私の馬鹿、私の馬鹿。

湯の注ぎ方を練習する。
壁に向かってひとり投球練習のごとく。

今度こそ。

またしてもスッパエグ味。

もう、やめようかな。
顔で笑って心で泣く。
軽口だけはなめらかに出てくる。

ほかの生徒が褒められている。
美味しく淹れられたと褒められている。

いーないーな。

そう言う余裕さえない。時間もない。
焦る焦る。

何をやってもそうなんだ。
キチンと整えられた例がない。
身についた例がない。

そろばんだって結局1級までとれなかった。
エクセルだって独学もいいとこ。
インドネシア語だって永遠に進歩せず。
その他、何でもかんでも。

急速に自己嫌悪雲が立ち込めてきた。

いやになってきた。
どうしよう。
急用を作ろうか。

でもわたしからお願いしたんだ。
止めるわけにいかない。
お茶を飲んで一呼吸つく。

もう一度壁に向かってひとり投球練習。

そして本番。
我ながら動作がなめらかになってきた。
しかし出来はだめだ。まだエグ味がある。

「でもさっきよりずいぶん良くなった」という先生の一言で一気に奮起し「さあもういっちょう」という気になる。

さらに淹れる。
「うん、美味しい」と先生に言っていただく。

もう昇天である。
ウヒョー。
単純極まりない。
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まぐれにならないよう、続けてOKをもらわないと。

さあもういっちょう。

何事も、限りなき反復練習に勝るものナシ。
近道ナシ。
近道ナシ。
残念ながら。

体に叩き込み、染み込ませ、あくびをしながらでも淹れられるようになってこそ。
カンタンそうに見えるコトほど、血肉になるまで習練した証である。
センスもあるにはあるが、反復は強く大きい。

スランプやら自己嫌悪やらを経ての、V字回復の嬉しさよ。
一回ひっかかってからの、一回がっくりきてからの、一回いやになってからの。

たった数回のコーヒー抽出体験で、えらい哲学を得た気がした。

家に帰って再度ドリップする。
ちょいエグ味であった。

おい、いかんぜよ。
まだまだ修行の身である。
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by kerokikaku | 2013-04-22 23:12 | ものすごくその他 | Comments(0)


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