2015年 09月 14日
9月下旬のインフォルマシ
ヒガンバナが咲いている。
忘れなく、ちゃんとしていて尊敬する。

うっすらキンモクセイが香ったような。
それはさすがに気のせいか。

いつもの植栽はモケモケのまま。
早く刈られたい。
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脚立から降りてやっと地上の人になった。
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またすぐ行くので、あえてそのままにする。

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ドローイング オンザ ウォール
秋野ちひろ
2015/9/12(土)-20(日):FUURO(目白)


FUUROの白い大きな壁に
光りが差しています。
ここに絵を描くような気持ちで制作しました。
真ちゅうのオブジェとアクセサリーが並びます。

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3日目の今日行った。
赤丸がいくつもついていて嬉しい。
7月名古屋hase展に行かれなかったので、ブレスレット、こっそりはめたりはずしたりした。

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成田久
今度は「舞台」を縫うぜよ
雅楽と「舞台」を創るぜよ
2015/9/14(月)-10/3(土):ギャラリー現(銀座一丁目)

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例によってスキャナーの都合であれですが、ほんとうはショッキング蛍光ピンクです。
雅楽の演奏、10/3(土)にあります。

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増田飛鳥 個展
PRIMO PASSO
2015/9/15(火)-20(日):DEE'S HALL Gallery(表参道)


近年、イタリアのバッグ職人の最高技術を如何にユニークに表現するかをテーマに模索してきた中、ふとした縁で、幼少期育ったインドネシアのバリ島で職人さんとのコラボを始めました。日本、イタリア、インドネシアの素材を使って、選りすぐりのバリ島の専属職人さん達にMade in Italyに負けない品質とグレードを指導しながら作った新しい世界観のバッグ。今までとはひと味違ったバッグ達に是非会いに来て下さい。

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ニキ・ド・サンファル展
2015/9/18(金)-12/14(月):国立新美術館(六本木・乃木坂)

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おお、そうだ始まる。
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いちばん最初に買ったアート本はニキの画集だった。

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月光値千金
2015/9/26(土)27(日):東青山(表参道)


今年もやってきた、京都の大吉さんと東京のさる山さんが、秋の夜長を愉しむための酒の器と道具を列べます。初日夕刻には、細やかながら展示の器でお酒も振る舞います。ぜひ、お立ち寄り下さいませ。首を長ーくしてお待ちしております。

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彼方の手 此方の手 vol.5
Og kocari FUCHISO
2015/9/25(金)-28(月):もくれんげ(高田馬場)

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彼方、といえば春夏のもくれんげだったが、かこちらの会場では最後の彼方イベントとなった。
コラボ商品のスヌード・カチューシャも気になる。
おいしいイベントもあります。詳しくはサイトで。

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ひとり民族ヌノ
ティモールテキスタイル

2015/9/17(木)-28(月):布う(大磯・平塚)

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案内にある布を見て「あ、ティモールだ」と懐かしくなった。

まだ20世紀、英語ができずしょうがなくてインドネシア語を学ぼうと思った。
安宿のとなりにあったティモールショップに朝から晩まで入りびたり、そこでTVを見たり、ごはんをつくったり、布を広げたりして遊んだ。
ほんとうに一日中、何もせず、冗談言ってはダラダラゴロゴロ、そこにずっと居た。
あんな日々はもう来ない。

雇われ店長のティモール人のおじさんは自分のことを「ワタナベサン」と呼んでいた。
日本人がまだ憧れの存在で、その中で唯一知っていた苗字らしい。
ワタシやボクではなく自分のことを「ワタナベサン」と言った。

ワタナベサンはやさしく丁寧にインドネシア語を教えてくれた。
ろくな辞書もない中、カタコトでもよくぞしゃべれるようになったと思う。

ワタナベサンはショップ移転で遠くへ行ってしまった。
数年後、チョコレートを手土産に尋ねた。
奥さんと子供がいて幸せそうだった。

その後会うことはなくなった
でもワタナベサンが、わたしのインドネシア語の原点だ。

ずいぶんおじさんだと思っていたが、当時31歳だったと知り、ティモール人の若年寄っぷりにのけぞった。
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by kerokikaku | 2015-09-14 22:04 | 毎月のインフォルマシ | Comments(0)


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