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カテゴリ:正藍型染師 田中昭夫( 152 )

2019年 02月 28日
藍人生、全う
リバマことリバーマウスこと川口。

そういえば夕方に降り立ったこと、なかったなあ。
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二月田中学校。
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我々こと型染作家津田千枝子、名古屋月日荘、けろ企画の3人は、リバマの御大こと川口の正藍型染師 田中昭夫さんのお通夜へ向かった。

ひとり、またひとりと参列者が入って行く。
ご自宅から近いお寺にて。
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事後承諾ではありますが、津田の発案により、田中さんへのお悔やみの言葉全てをプリントアウトしご霊前へ供えさせて頂きました。
(※当ブログへのコメント、工芸ライター田中敦子facebookコメント、布とお茶を巡る旅浅井恵子facebookコメント、津田千枝子とけろ企画宛に届いたメール)

お焼香をして、我々は田中さんとお別れをした。
お顔はずいぶんきれいで男前だった。

帰ろうとする我々を呼び止める声がした。
オレのムスコ、三男坊氏だ。

ご家族とはお付き合いなく来たが、唯一三男さんとは2015年青山展でお目にかかっていた。

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田中さんを若返らせてググッとやわらかくした感じ。
あの頃に増して似てきた。

「みなさんのおかげで親爺の仕事を広めてもらえました、本当にありがとうございました」
「うちに型紙や藍染めがあるのが当たり前すぎて、これがすごいことだなんて僕らは考えたこともなかったです」

そんな風に言って頂けるなど思ってもおらず光栄。
「田中さんの染布や生き方に、多くの人が感動したんですよ」と申し上げる。

さいごのついでだ。
「遺影の写真はどうしたんですか」と尋ねると「親父の写真なんか持ってないんでネットで検索しました」と。
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2016年12月23日。
雑誌「七緒」取材日は見事な冬晴れだった。

ハレ姿、半纏股引の正装。
田中さんは少し照れながらも、カメラマン三浦咲恵さんの前に立った。

あの写真、もっと苦いビミョウな顔の印象だったが、遺影ではなんともまろやかに見えた。
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そのあと、2017年の名古屋月日荘展後から、思うような仕事が出来なくなった。
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藍が悪い、布が悪い、指が痛い、気分も悪い、天気も悪い。
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でもやんなくちゃなんない。
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持ち上がらない長板は、引きずってでも。
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どうしても。
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ご寵愛はバラだけ。
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そんな染布をダメ出しされ、シュンとした2017年12月。
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もし道路拡張になったら、作業場はリニューアルだと話す2018年1月。
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慣れない確定申告書類を書かされた2月。
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各方面へ寄贈する染布を選定した3月。
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藍の色が薄くて何もかもイヤになった4月。
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紺屋資料の寄贈準備もし始めた5月。
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自身の具合も芳しくなく、さらに最後の藍もおじゃんにし、ガックリ意気消沈した6月。
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何がなんでも藍が建てたくてSOSした8月。
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我々はこのとき、もう蒅の手配は出来ない、と告げた。
これまで何度も忖度してきたが「今度こそやれない」とけっこう強く。

以降、田中さんは我々に何かを頼むことをやめた。

しかし諦めきれずに自力でなんとかしようと試みたらしい。
いくつかへ問い合わせた形跡があった。

お通夜の席で伺った話として、親戚の紺屋さんから阿波藍の蒅を少し分けてもらっていた。
昨年末のことだと聞く。

もはや体力的に藍建てができるわけもないが、ともかく蒅を手に入れたのだ。

執念に震える。
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田中さんの正藍型染布には、どこか突き抜けた清々しさがある。
一切合切、何も顧みず、ひたすら真正直な染め仕事。

藍にとりつかれていた。

藍染ができなくなり、生きることが終わった。

染布そのままの清さ。
お見事でした。
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こちら、うっかり好々爺と間違われやすい写真。
「七緒」取材日に写メしたもの。

最晩年は苦虫顔が多かったが、仕事の出来がいい時だけ子どもみたいな笑顔。

世間話の出来ないひと。
藍の話しか出来ないひと。
正藍型染め以外なにも興味のないひと。

純真無垢な藍染め職人。

お会いできたことに感謝します。
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ー津田千枝子よりひと言ー

今朝 仕事場の藍甕をかき回しながら、田中さんのことを考えていました。
この甕は 30年余り前に 広幅も染められる深さのものを、
田中さんが 知り合いの方に注文して作ってくれたものです。
その前から使っている甕は、菅原匠さんから頂いたものですが、
やがて40年 途切れる事なく、庭で藍をずっと建てています。

田中さんから こうしろああしろと指導受けた事などは 無いのですが、
藍の仕事をする時の 自分の動きに何となく田中さんが頭に浮かぶ事が
よくありました。
職人の仕事は 身体の動きに無駄がなく合理的です。
私は 染めの職人は田中さんしか知りませんが、
自分で仕事をしていてなるほどと思うことがたくさんあります。

けろブログにあるようにお通夜が終わって、
田中さんの三男さんと少しお話をすることができました。
22日、田中さんの様子が少しおかしいと、お母さんから連絡があったそうです。
すぐに駆けつけてみると、苦しそうでもなく安定した様子だったので、
一度 ご自宅に戻られたのだそうですが、その一時間後くらいに
お父さんが冷たくなっていると 連絡がきたそうです。
あの時に病院に連れて行っていれば、、、と仰っていました。

でも、先月まで歩くことができ、今月も少しはお話もでき、
ご自宅で 苦しい事もなく、そのようにお亡くなりになったことは、
今までの 田中さんの歩みへの、天からの最高のご褒美だったのではないかと
藍をかき混ぜながら 思った次第です。
本物の職人は亡くなられ方も 合理的だな、いいなあ、と。

心から ご冥福をお祈りいたします。
田中さん、本当にありがとうございました。

津田千枝子
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※画像は2014年10月22日の田中紺屋にて。
「我々」の活動最初期「第一回紺屋ツアー」終了直後の田中さんと津田千枝子。

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by kerokikaku | 2019-02-28 11:10 | 正藍型染師 田中昭夫 | Comments(4)
2019年 02月 24日
訃報:正藍型染師 田中昭夫さん
正藍型染師 田中昭夫さんがお亡くなりになりました。

今朝、奥様から津田千枝子へ電話があり、2019年2月22日夜に亡くなったとのことでした。

昨年よりご体調を崩されており、この2月からは寝たきりのご様子。
最後は苦しむこともなく逝かれたそうです。

田中昭夫さんをあたたかくお見守り下さっていた皆様へ、取り急ぎではありますがご報告させて頂きます。

※こちらはちょうど一年前、2018/2/19の画像。
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田中紺屋 「紺定」当主 田中昭夫さん 83歳。

謹んでご冥福をお祈り致します。



by kerokikaku | 2019-02-24 17:52 | 正藍型染師 田中昭夫 | Comments(3)
2019年 02月 07日
田中さんへ送った覚書ー1 (完)
そんなこんながありまして。

お預かりしていた染物型紙資料一式、そして覚書を入れ、先日リバマへ返却した。

手持ち出来ない量なので宅配便で。
結構大きくて重い段ボールが4つ。

開けるにはそれなりの体力が必要だ。
いまの田中さんに開梱は無理かなあ。

それ以前に、開けてもらえるとは限らない。
置きっぱなしの可能性もある。

念のため、発送前に奥様へ電話をしておいた。
「甘いものを同封したので田中さんと召し上がって下さい」と伝える。

最中とカステラ。

食欲はまだあると思いたい。

甘いモノ好きかどうかはともかく、我々の前で田中さんは何でも黙ってぺろりと食べた。
うまいとかありがとうは聞いたことがない。

もしも段ボールを開けてもらえず、永遠に置き去りになったら。

最中とカステラはどうなるんだろう。

いまさら云々カンヌン思っている。

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以下、田中紺屋宛の覚書。

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田中昭夫様

2014年10月から今日まで4年と数か月。
アトリア川口の匠展、田中紺屋ツアー、その後の広報活動から青山での展示、夏場のハギレ発掘、名古屋での展示、播磨蒅とラオス布の手配、岩立ミュージアムにて津田による田中紺屋講演会、そして各美術館への寄贈…(別紙①)。

これまで、津田千枝子とけろ企画はじめ、有志数名が田中紺屋に関わらせて頂きました。
多くの賛同を得て大きなうねりとなり、紺定染布の素晴らしさを広くお伝えして参りました。
この間、田中さんへはかなりの金額をお支払いすることも出来ました(別紙②)。
田中さんのお仕事の一助になればとの一心で動いて参りましたが、現在はこれらの活動を続けるのが難しいご様子です。

そこで、2019年1月をもちまして田中紺屋に関わる私どもの活動を終わりとし、区切りとしてお預かりしていた品々をご返却致します(別紙③)。
さらに、交わしました公正証書の契約については無効に同意と致します(別紙④)。

田中さんにおかれましては、私たちの活動を深くご理解頂きました。
様々な事案に対して快くご協力下さいましたことに感謝申し上げます。

何よりも真正直で力強い正藍型染布があってのこと。
田中さん渾身の染布が多くの人の心を動かしました。

数えてみますと、けろ企画はかれこれ100回近く田中紺屋へ伺いました。
お邪魔するにつけ勉強をさせて頂きました。

田中さんへは、あらためて御礼を申し上げたいと思います。
素晴らしい出会いでした。
寒い折ですのでお体を大切にどうか元気でお過ごし下さい。

奥様にはきちんとご挨拶する機会もないままお騒がせしましたこと、この場を借りてお詫び申し上げます。長きに渡り江戸時代ままの気質の職人と型染仕事を縁の下で支えてこられ、さぞかしご苦労されたでしょう。奥様のご支援あってこそのお仕事だと存じております。

僭越ではありますが、私どもは一連の活動を通じて、田中さんの素晴らしいお仕事を日本のみならず海外まで広くご紹介することが出来たと自負しております。

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別紙:①
田中紺屋資料の寄贈先の覚書

2017年3月名古屋展示会以降、貴重な伝統工芸遺産である「田中紺屋染布と型染資料と書籍」を、しかるべき機関へ寄贈するべく田中昭夫さんご本人のご理解ご協力のもと、大切なお品をお預かりして手続きを進めておりました。
寄贈状況につきましては随時お伝えしておりますが、以下覚書として記します。

2018年2月
岩立フォークテキスタイルミュージアム(東京・自由が丘)
・正藍型染布9反・型紙(2018年6月)・染め風景の写真額

2018年7月
ちいさな藍美術館(京都・美山)
・型紙・手板額・染め風景の写真額・正藍型染布(2019年1月)・書籍「中型染布裂集」「日本の型染」三彩工芸刊ほか

2018年7月
東北芸術工科大学(山形)
・ベニバナ型紙

2018年8月
出羽の織座米澤民藝館(山形・米沢)
・上杉鎧下の型紙

2019年1月
長岡造形大学(新潟・長岡)
・型紙・染布・書籍・彫り風景の写真額(一部お買上げ)

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別紙:③
資料ご返却についての覚書

けろ企画がお預かりしていた大切な田中紺屋資料一式をご返却させて頂きます。

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(別紙③詳細と②と④は省略)



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皆様へ。

4年数ヶ月前の 「引退する」の一言から始まった騒動でしたが、
この稀有な職人仕事を 少しでも記憶に残せたこと、お使い頂く方の元に渡ったこと、
心から良かった と思っております。

前述のけろ企画ブログの通り、この先は 私どもが あれこれできる状況ではなくなりました。
今後は、ご家族のご配慮の中での 田中昭夫さんのご健康を
少し離れた処から 祈りたいと思っております。

本当に たくさんの方々から 消えいく貴重な仕事に ご理解と応援を頂きました事、
深くお礼申し上げます。

津田千枝子
けろ企画


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by kerokikaku | 2019-02-07 18:32 | 正藍型染師 田中昭夫 | Comments(3)
2019年 02月 06日
田中さんへ送った覚書ー0
聡明な皆さんはうっすらお感じかと。

「正藍型染師 田中昭夫」さんと我々に何があったのか。




どうも変だ。

リバマ安否確認レポートがすっかりご無沙汰だ。
何かがあったんじゃないか。

田中さんはお元気?まだ染めていらっしゃるの?
と、よくお尋ね頂きます。

社交辞令もありましょうが、まあまあ気に留めて頂いているんですね。

もしや。
何かあったか。

ええ。
何かありました。

現在田中さんは寝たり起きたりだそうです。
染め仕事はしていない。

我々はもうリバマへお邪魔しないことにしました。

リバマことリバーマウスことriver mouthこと川口。
の、田中紺屋。

そんなこんな。
ちょっと長くなっていいですか。

奥歯に藍をたっぷりはさみ、所々グラデーションきかせつつ。
ベリーロング。

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きっかけは、やはり加齢とお具合。
そして藍。

因果の種はあちこちに散らばっていた。

それでも元気なうちは問題なかった。
苦虫顔でも仕事で気をもんでいるうちは。

昨春過ぎ、いよいよ染めが出来なくなり、何がしかの種が発芽した。
あっという間に伸びて蔓になり、蔓延した。
鉈を手にジャングル前で立ち往生するしかなかった。

そして我々はこれ以上分け入ることをやめにした。
※いまさらTG=田中軍団もしんどいので「我々」にします。

お饅頭でも持って、時々ご機嫌伺いに行ける仲なら良いのですが。

そんな仲でもないのです。

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元来、ふしぎな関係性でした。

頼まれもしないのに大騒ぎで販売し応援した。
それに当人「うん」と答えるだけ。

見返りどころか粗茶すら求めず。
ただ田中染布の凄さに突き動かされて、ここまでやって参りました。

それでも田中さんが一任してくれたのは大きかった。
自分は染めるだけ、あとは知らねえって。

ま、大げさでなく、藍染以外の一切に興味がないのです。

無骨な職人だからこそ、我々は喜々として動きました。
「大量在庫」を見つけてあっちで販売。
「蒅が無い」と聞けばこっちへ打診、「布が無い」と知ればそっちに交渉。

手前味噌ながら、田中忖度組合は優秀でした。
それなりのメンバーなものですから。

ところがこの一年ほど、首をひねることが多くなりました。
ただでさえ噛み合わなかった(苦笑・・)話が、いよいよ合わなくなってきました。

こっちが勝手に世話を焼いてるのは千も万も承知。
83歳という御年だし、ご体調が良くないのもあるでしょう。

藍は、言わずもがな田中さんのアイデンティティです。

今思えば2017年夏から、様々な理由で型染が出来ていなかった。

最初は天気のせいだったり、生地が変わったせい。
そのうち手が痛い、藍の調子が悪い、あっちもこっちもダメ。

それでも2018年初めも藍の世話だけはしていました。

春のある日、藍の調子がおかしいとSOSがある。
我々は急行して対処したが、そこから勘が狂い、分けがわからなくかった。

とうとう最後の蒅をおじゃんにし、藍はそれっきり。

完全に気分が悪くなる。

この一年、田中さんとは数回しかお目にかかれていませんが、みるみる心身が弱っているのは分かりました。

急速に勘が鈍っている。
思うように体が動かない苛立ちも強く感じます。

藍のほかは何にもない堅物。
覇気もやることも、何もかんもありません。

田中さんはいい意味でも本来の意味でも、変わった人。
変人です。
稀代の変人、かつ藍狂人。

人としてアレレ、なところが多分にあります。
アレレでなくては、あれだけの凄い仕事は出来ません。

我々は、田中さんのお仕事を尊敬しているからこそ、アレレだけど関わった。
藍しか見えない変人だからこそ、外野で関わらせてもらえた。

さて数年前より。
田中染布と紺屋資料をしかるべき機関へ寄贈するよう動いていました。

出来ることなら、江戸時代ままの田中紺屋を作業場ごと博物館へ移築したい。
いっそ田中職人も添付して民俗遺産として残せたら、と儚い夢。
消えゆく型染職人インタビューを今こそすべき、とも。

藍染仕事をしている間は道具や型紙を動かせません。
急に移動して老職人を気落ちさせてはいけない。

田中さんと相談しながら順を追い、慎重に寄贈の手配をしたつもり。
不測の事態に我々だけでも動けるよう、一昨年に公正証書も結びました。

その後、お蔭様でいくつかの機関に受け入れて頂きました。
お喜びの手紙やお礼の連絡を受けました。

ヤール巾の岡崎木綿生地しめて1,400m。
作業場奥にあるその貴重な生地は複数先へ買い取ってもらう手配も済ませた。
重い反物を発送する段取りも周到に。

ここらへん。
ご自分の藍染め仕事と関係のないこと。
田中さんのアタマからごっそり抜けたようです。
どうでもいい、という認識。

なにもかも面白くない。

2018年夏以降、リバマへ伺う機会を頂けなくなりました。

藍もダメだし、具合も悪い。
ガチャガチャやってる我々なんぞ、気に入らない。

藍仕事ができなきゃどうでもいい。
ご機嫌ナナメが、くるっと回ってタテになる勢い。

その後も細々と連絡は取っておりました。
しかし、齟齬の修正が一切ききません。

固まってしまった。

しばらく工夫を試みましたが、我々はリバマとの関わりを終えることにしました。

あちらの言い分もありましょうし、事情の全てはここでお伝えできません。

日々不穏。

ホントはあと少し、寄贈と受け渡しをがんばりたかった。

でもまあ、これで終わりだなと。

ぜんぜん好々爺じゃないところが田中さんらしい。
かつて誰とも丸く収まったことがない、と伝え聞く。
もし我々とだけ丸く収まったら、妙な心持だ。

いっそ好機。
おかげで後ろ髪も引かれずサッパリ。

でも悪いことは何も思わない。
江戸時代ままの凄まじい染め仕事を、平成も終わろうとする今、間近で拝見出来た。
変わり者のアレレと、面白くも稀有な経験をさせて頂いたことは宝だ。
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それについての感謝は、大谷焼の2石の藍甕よりずっと深い。

ステンレス製ヤール巾の甕くらい。
深いよ。
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どうもありがとうございました。
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田中さんご本人へはもちろん、お買上げ頂いた皆々様、じっとお見守りの皆々様、全国一千万の関係各位、そしてうっかり関わっちゃった有能な我々へ。

ステン甕の中心から藍をこめて。
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※画像は2018年10月岩立フォークテキスタイルミュージアムでの「田中紺屋について」津田千枝子講演時のスライドから

田中さんへ送った覚書については次にします。



by kerokikaku | 2019-02-06 20:02 | 正藍型染師 田中昭夫 | Comments(5)
2018年 10月 03日
嵐は荒れたが来なかった
10月2日は上々の講演会日和だった。

プラチナチケットをお持ちの参加者が、IFMこと岩立フォークテキスタイルミュージアムへ、大げさでなく全国各地より集結した。

お話をしたのは、我らが黒幕こと型染作家 津田千枝子

たくさんの資料をゴロゴロ携え、早々とIFM入り。
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うっかり引くに引けなくなったリバマこと川口の「正藍型染師 田中昭夫の藍仕事」について。

行きがかり上、解説をすることになってしまったのだ。
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11月10日まで開催中の「アフリカの藍、日本の藍 — 大胆さと繊細の対比」展に、田中染布が出展されている。

左のシマシマが田中さんの染布です。
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講演内容は以下。

・田中紺屋との出会いとその後の顛末(2014年の引退宣言を受けてのゲリラ活動)
・田中紺屋のはじまり(インディゴピュアからオイルショック後に正藍染への転換)
・田中を応援し励ました人々(三彩工芸藤本氏・菅原匠氏・出羽の織座山村精氏・染織史研究の後藤捷一氏ほか)
・技法について(DVDを観ながら解説)
・田中紺屋の実物の染布を見ながら
・田中染布、岩立フォークテキスタイルミュージアム/京都美山ちいさな藍美術館へ収蔵

これで1時間半。

時間内に納まるよう、言い忘れのないよう、息をもつかせぬ見事な津田黒幕の解説。

コアでプラチナな参加者にふさわしいよう、技法についても一歩踏み込んだマニア向け説明だった。
DVDを観ながらの津田解説はゴージャス極まりない。

リバマ以前のウブな私のように「藍染め?なんだそりゃ?」と、ポカンとした方は不在の空間だ。
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お話だけだとアレなんで、BGMとして紺屋の様子やら苦虫顔やらをスライドでお見せした。

説明されないと何だかわからないコレ。
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ポイントは右奥の五右衛門窯。

たいへん重要な画像だとご存知か。
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2015年頃、薪を炊いての精錬作業(もしくは糊作り)による、煙やにおい等のクレームでお役所に叱られ、すっかり気分を害し、アタマにきて、ブチ捨てた窯と苦虫の図。

ふつう捨てるか、あんなふうに?

ともかく。

ご本人キャラクターはもとより、まっすぐ一心な染布のちからにより、つい我々は突き動かされている。
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お話の最後に、往時の染布をいくつかお見せした。

色さしもせず、藍一色。
呆れるほど愚直。

藍キチむきだし。
まっすぐな染め。
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さすがにここ数年は、老境に達した柔らかみのあるものになっているが、3-40年前、バリバリ時代の染めは、それはそれは鋭く潔い。

染めを見たらば一目瞭然。

だって、藍のことしか考えてなかったから。
それ以外の事って、考えたことあったのかな。

最近まで。
いや、今だって。
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講演会が決まって、まず一番に考えたことは「田中さんを連れてこよう」だった。

自分の布が展示され、津田さんがお話して、自分の染帯の方が何人もいて。
皆から「田中さん田中さん」と慕われるのは、まんざらじゃなかろうもん。

嫌いじゃなかろう。
むしろ好物じゃないか。

と、懲りずの忖度組合。
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この集まりについて。

なんぼ説明したところで、サッパリ無理解の83歳であった。

「とにかく10月2日ですから」と再三念だけは押しておく。
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しかも。

田中御大を自由が丘までアテンドする担当を、あろうことか”沖縄”のぎぼっち夫妻に依頼していた。

田中さんはぎぼっち夫妻を信頼している。

少なくとも私よりも。
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ぎぼっち夫妻は、田中さん運搬という無茶ぶりオファーを、太っ腹に快く引き受けてくれた。

そして、予定便が台風で欠航のため、前日の10月1日夜羽田着となった。

田中爺から「オレ、行かねえ」発言。
この絶妙なタイミング。

ぎぼっち夫妻は沖縄で飛行機に乗ろうとしている。

顔面蒼白のわたしと黒幕。
あうう。

ならばと。

リバマ川口から岩立ミュの自由が丘まで、思い切ってタクシーで移動する段取りにした。

オールタクシーなら、どうよ。
どうなのよ。
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かなりシミュレーションをして段取ったものの、結果として「サプライズゲストさん登場」は不可だった。

田中さんは、この夏で思いのほか弱っていた。

当日朝、ぎぼっちは2時間ほど田中紺屋に話をしに行った。
「いいから、乗せちまおうぜ」と遠隔圧力をかけたわたくし。

しかし、いくらタクシー移動とは言え「今の状態ではお連れ出来ない」とぎぼっち。
現場の判断に従おう。

仕方がない。
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こちら、当日の画像。

それなりにヨレっとしているものの、こないだとさほど変わりないような。

いや、まあ。

いささか無理が、ありましたかな。
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運搬係のぎぼっち夫妻。

何ら運搬せず、IFMでお話を聞き、その後乾杯だけで中座し、いそいそと帰路って。

やれやれ。
弾丸、御免。

イマドキっぽく個人情報を意識してボカした為、余計に怪しい図。
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田中御大用の衣装を用意していたんだけど、と言っておきたい。

ザンネンでした。
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まるで偲んじゃってるみたい。

お元気とは言いにくいものの、まだアレなんでご安心ください。
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この度の機会を与えて下さった、岩立フォークテキスタイルミュージアムにあらためて感謝申し上げます。
IFMの対応力レベルの高さを実感しました。

そして、ご参加頂いたプラチナの皆様、誠にありがとうございました。
熱心にお聞き頂き、嬉しい限りです。
さすがうちの黒幕でしたよね。
田中紺屋の特異性がお分かり頂けましたか。

江戸期には型染職人はゴロゴロいたようです。

そりゃそうです、プリント機械がないので柄を染めるには職人の手が必要です。
もちろん手紡手織の用布ですし、正藍しかありませんでした。

その後、近代の昭和も後半。
誰もが合成藍に流れる時分、わざわざ江戸時代の方法、正藍染にひとり果敢に逆行した。

つるりとした機械織布をよしとせず、用布にとことんこだわり、型彫りから染めまで一貫して一人で仕事をする。

染めクオリティはピカイチ。

田中紺屋は別格でした。

いっときは有力な応援団がいたものの、その後は認められることもなく、売れやしないが他に道がなく、ひたすら染め続けた最後の職人です。

家族も顧みず、自分の藍仕事だけを追究しました。
それが田中さんです。

そのサプライズゲストが、サプライズにより、来られませんでした。
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ところでリバマについて。

なんでもペラペラ暴露して、とよく言われますが誤解です。
半分どころか3割も明かしていない。

これでも一応ぶ厚いオブラートで包んでおります。

と、言ったところで、別にさ。
こんなもんじゃねーから。
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さて。

次にこちらでリバマの話ができるのは、そうだなあ、もう少し寒くなった頃か。

ペンディング案件が少々ある。

それまで田中さんに元気でいてもらわないと、色々と困るんだ。



by kerokikaku | 2018-10-03 21:24 | 正藍型染師 田中昭夫 | Comments(9)
2018年 09月 30日
嵐の過ぎるのを待つ
別件もろもろ、にっちもサッチモ。
この素晴らしき世界。

拙ブログ。
はじめて8年経つも、こんだけ長期放置したのは初めて。
誰も見てない、誰にも迷惑かけてない、よって何も問題なかろう。

にっちもさっちもどうにも。
人生と生活が乱れており、お肌トラブル多発で吹き出物がいっぱい。
わたしと会ったとしても、どうか見ぬふりして頂きたい。

以下。
先月の募集開始30分で完売で、いまらさ押すことも引くこともできない案件について。

10月2日(火)がエックスデー。

岩立フォークテキスタイルミュージアムにて我らが黒幕・型染作家津田千枝子による、リバマ爺こと「正藍型染師 田中昭夫の藍仕事」のお話会がある。

昨日も「まだ空席ありますか」と問合せがあったようだが、参加者の尻が重なるほどの満員御礼。
プラチナチケットになっている。
裏口入学さえ無理らしい。
いっそわたくしの席をお譲りしたい心境にさえなる、この数日。

にわかにリバ爺界隈が色めき立っている。
うちらだって2か月弱、リバ爺に会ってないもん。
生存確認、安否確認、聞き伝えの電話でのみ。

台風もかくや。
田中御大に関することは、何故こうも嵐の大騒ぎになるのだろう。

10/2が無事に過ぎたら、こちらでお知らせします。

お察しの通り。
リバ爺をどうにかしようとしている。

サプライズゲストをここで明かしちゃサプライズしないけど、明かしちゃう。
ええ、リバ爺を岩立ミュージアムまで連れ出そうとしています。

それを見越し、関係各位が都内はもちろん、京都や名古屋や沖縄から満を持して自由が丘まで大集結する予定。
これはリバ爺にとって、多くの方に出会える最後のチャンスではないかと、腹をくくっている。
最後サギと呼ばれても。

83歳の御大、乗換ワカランチな自由が丘まで、川口からアテンド2名手配してます。
すべて抜かりなく。

なのに「オレ、行かねえ」って、今朝。

どのクチが。

おい、どのクチだ?

まったく、どのクチが。

どのクチが言うんだい?

爺はなにも知る由もないけれど。
何のために自由が丘に行くのかさえ分かってないけど。

ちっきしょう、どのクチだ。

うちら、痩せる思いだ。
げっそりだ。

あちらに謝り、こちらに謝りで済むのだろうか。
済まねえな。

ああ。

はよ、嵐が去らんことを。

はよ連れて来て、はよ帰して、無事終わらせよう。

るー。
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ただよいはじめたピコレットの香りと、角がピンと立った植栽だけが、わたしの友だち。



by kerokikaku | 2018-09-30 20:44 | 正藍型染師 田中昭夫 | Comments(0)
2018年 08月 16日
ちいさな藍美術館に田中資料が収蔵されました
京都美山「ちいさな藍美術館」。
藍染アーティスト・新道弘之氏の私設ミュージアムである。

猛暑のさなか7月末、黒幕こと津田千枝子と朝イチの新幹線に乗った。
品川から電車とバスを乗り継ぎ、お昼ちょうどに美山到着。

クーラーのない美山は、クーラーのある東京よりやや暑かった。
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新道さんと我々の関わりはこちらから。
3年ぶりの夏の元気なごあいさつ。

目的はこちら。
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6月のある日のリバマ川口。

田中御大の仕事場で型紙整理の際、てっさ菊花弁紋を発見した。
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染布がコレクションされている美山に、型紙も一緒に収蔵してもらおう。

セットだと尚わかりやすい。
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勇み足クラブはさらに一歩進んじゃう。

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先方が型紙を受け取って下さるかどうかの承諾をとる前に、サイン書いちゃう。

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サインする側は、正直なんだかわかってないようだが、まあいいでしょう。

むんずとつかみ、美山へGO。
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毎度、黒けろ急便です。

型紙とサイン本のお届けです。
ハンコお願いしま~す。

やあやあ、これはこれは。
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わたしたちは新道館長に全幅の信頼を置いている。
会ったのは数回なのにドンと置いちゃう。

田中さんの素晴らしい染め仕事と、職人気質なところと、性格のめんどくささと。
さらに、我々のゲリラ活動への深いご理解と。

なにもかもぜんぶお分かり頂いている、ということが分かっているので、それで充分。

だからこそ、無理を承知で田中資料をお引き受け頂いた。
「そんな大事なものを簡単に受けられない」という丁寧で真摯なやりとりを経ての今。

さて。

実はお渡ししたのはサイン本と型紙だけではない。

本藍蒅の品位を決める「手板法」の証書の額も渡した。
「もうこの人いないんだ」って田中さん談。
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古民芸もりたの森田さんがわざわざ田中紺屋に送ってくれたという「紺屋大福帳」もおまけに付ける。

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田中さんはこの紺屋が実在するかを確かめに、中巨摩郡落合村まで行ったのだと。
数十年前で、既に紺屋はなかったって。

行っちゃうところがリバマイズム。
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さらに、正藍型染に邁進しはじめた頃に参考にした「中型染布裂集 上下巻・三彩工芸刊」もお渡し。
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型染裂を100枚貼った(50枚ずづ上下巻)は限定5部でほぼ世に出回らなかった。

もう一度言います。
限定5部。
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どれだけ田中紺屋の染め仕事の指針になった資料か。
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次いで「日本の型染め」も。
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もちろんこれらは手持ちできずにお送りした。

田中紺屋の新作染布(当時)もついてます。
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はてさて。

美山訪問後の8月初旬のこと。

すっかり行きづらくなったリバマへ恐る恐る行った我々は、ある型紙を目にする。
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「こんなの、あった」って。

例の「てっさ菊花弁紋」の型紙?
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我々が今まで見ていたのより幅がずっと狭い。
田中さんの彫った型紙ではない。

要するに、これはいわゆる骨董の型紙。
江戸時代の型紙だろうと見る。

「見本にしたんだ」って田中さん。
往時の応援団、三彩工芸の藤本さんかどなたかが、田中さんにくれた型紙だと思われる。
「これ見て彫れよ」ってな具合。

この見本を元に、拡大したり葉っぱのデザインを変えたり。
あらためて試行錯誤した意匠である。
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こちらも美山へ渡すべき型紙だろう。

送る前に、黒幕津田が見分に入る。
曰く「新道さんに送る前に あの型紙をつぶさに観察したら、面白いこと分かった」と。

-古い型とは思っていたが、それにしては 紗張りがしてあるので、いつくらいのものかなと思ってた。そしたら、紗張りの下に、古い糸入れがあることが判明。斜め格子に紗より細い糸で糸入れしてあった。ということは、もともと 紗張りがない頃に彫られたもの。良いデザインなので、後で補強の為に紗張りして使用したと考えられる。型の裏には絽6反と書いてあるからもしかしたら両面型付けのものかもしれない。

以上、黒幕によるコナン張りの名推理の後、この型紙は美山へ無事お届け済み。
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「ちいさな藍美術館」は、京都美山にある古いかやぶき民家ミュージアム。

1階の藍工房では藍染めの様子が伺え、2階では藍染め新道コレクションが展示されている。
日本のみならずアジアやアフリカやヨーロッパの藍染めもあり、技法も型染に限らず絞りや板締めやろうけつ等々多岐にわたる。

なので、いつも田中紺屋の正藍型染が展示されているわけではありません。
その点はどうかご注意下さい。

さらに、上記の資料本は今のところ展示予定はありませんので何卒ご容赦を。
なら見せなきゃいいのに、見せびらかしたくて見せちゃった。
あしからずごめん。

ここ「ちいさな藍美術館」は、山奥アクセスを越えて来た世界中の藍キチの立ち寄り所。
ゆえにマニアック猛者のご対応に追われ、新道先生は日々大わらわとのこと。
我々こそはご無理を強いないよう気を付けたい。

いずれ遠からず「ちいさな藍美術館」で田中紺屋の染布が展示される機会もありましょう。
どうぞFBでチェックして下さい。

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さあさ、明日8/18に関東ローカル限定で「ちいさな藍美術館」のある美山北村を行く旅番組があります。
美山がどんなところか、雰囲気だけでもご覧下さい。

もしもツアーズ」 目指せ日本の秘境第1弾!京都かやぶきの里を目指そうツアー
2018/8/18(土)18:30-19:00

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「秘境」といううたい文句だもの。
余計に行きたくなっちゃう。
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とは言え、東京を朝イチに出ればゆうゆう日帰りできます。
我々はお昼においしいお蕎麦を美山ですすれました。

公共交通機関のあんばいチェックはぬかりなく。
乗り物がなければ行かれません。

うっかり休館日にもお気を付け下さい。



by kerokikaku | 2018-08-16 22:22 | 正藍型染師 田中昭夫 | Comments(0)
2018年 08月 03日
ぎぼっち、リバマレポート-2

ぎぼっちこと、沖縄の紅型工房くんや冝保聡さん。
奥様の理英さんも紅型の作家である。※長方形の画像はすべてぎぼっち夫妻より拝借しました。

型染には並々ならぬ造詣のお二人。
古い資料本での田中紺屋もすべてチェック済み。
職人田中昭夫さんへの敬意も半端ない。

2017年3月名古屋月日荘でのコラボ展時のこと。
まるで隣町から来たかのように沖縄からうっかりヘルプにやって来たツワモノのぎぼっち。

彩り豊かなイメージの紅型染めに加え、ぎぼっちは去年から藍染も始めたという。
紅型(びんがた)に対し、藍型(ぃえーがた)と呼ぶらしい。

田中さんの藍仕事をリバマ訪問で吸収してもらえればナイス。
彼らの質問内容は的を射ているのだ。

リバ爺としても心待ちの訪問だろう。

以下、ぎぼっちからの聞きかじりレポートです。

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お待ちかね。

否。

待ちかまえ。
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そもそも型紙を見せてもらったり、藍について伺ったりが目的のリバマ訪問であった。
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それとなく、つつがなく済んだっぽい。
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けろ企画からの厄介ミッションは、岡崎デカ反の行く末について。

竹は竹やぶに。
デカ反は布団下に。
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結果として、デカ反を後進へ譲ることについて田中さんの異論はなかった。

「もうそんなに染められないから」って。
だよね。

では、いくらでどれだけ、どうやって?

まあともかく広げてみよう、と言うや否や。

ちょ、ちょ、ちょ!
ひとりじゃ無理ですってば。
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二人がかり。

腰砕けのヘビー級。
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どんだけ入っているんですかね。

100とか200mですかね。
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案ずるよりひんむけ。
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おととしは一人でこれをひんむいた。

帯幅に切ってミシンかけて精錬したんだ。

いつだって一人でやってきたんだよなあ。
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どれどれ。
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生地の状態はいいですね。

シミも黄ばみも何にもナシ。
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100が2本と
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50余が1本。
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どうやら1梱包250m。
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6梱包あるってことは、1500m分ありますね。
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「最初3000mあったからピッタリ半分使った」って。

3-40年で1/2の1500mを使ったってことは、確実に今生では使いきれない。
いずれにせよ結構な量、で間違いない。

「精錬をどうするか」相談の横で、ぎぼっち娘さんの威風堂々がたのもしい。
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鬼のTGアイデアは「いっそ精錬釜を沖縄へ送っちゃえ」案。
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もしくは「酷暑だけど田中さんに精錬してもらっちゃえばいいじゃん」案。
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グッドアイデアと思ったが、あまりの鬼発言に鬼さえ号泣したとかしないとか。

両案ともヒトとして却下された。
ザンネン。

ぎぼっちは給食窯を買って自分で精錬するのか。
はたまた精錬業者を探しだすのか。

それが決まらなければ、ぎぼっちだってデカ反を受け取れまい。
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ちなみに精錬済みの帯地小幅6mは130本あった。
(これさえ十分なボリュームだが静かにしたい)

さあさ。

ぎぼっちの決断。

まず精錬済み数本を預かって沖縄で試し染めしつつ、精錬方法についてはクリアにして、10月に仕切り直そうということになった。
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え?10月?

何かイベントがあった気が。

10/2にIFMで黒幕の講演会だっけ?

まさか、ぎぼっち来るのかな。
沖縄と川口と自由が丘って、ご近所?
パースがゆがんでいるが、そっとしておこう。

さて、隠れミッションとして「とんかつ屋で絶対ゴチしてもらってね」と伝えておいた。
木曜定休につき訪問日の注意も促しておいた。

「戦前のヒトはカラダのつくりが違いますねー」
と、ぎぼっち談。

すっかり痩せて弱弱しくなった、という危惧は一掃。
つるりのペロリ。
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しかも、いつもの「生姜き定食」じゃない。

お値段アップの「トンカツ定食」じゃないか。

この差は何だろう。

暑さのせいか。

気のせいか。

ちっ。

ちっっ。


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岡崎デカ反のキラーパスが無事遂行されるその日まで。

震えて待つのは、鬼とわたしだけってこと?

ちっ。


・・・・・・・・・・・・・・田中紺屋の染布も出展されています・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

アフリカの藍、日本の藍ー大胆さと繊細さの対比
2018/8/2(木)-11/10(土)木金土開館:
岩立フォークテキスタイルミュージアム(自由が丘)
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・お見逃しのないように・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・










by kerokikaku | 2018-08-03 20:25 | 正藍型染師 田中昭夫 | Comments(4)
2018年 08月 02日
ぎぼっち、リバマレポート-1
ぎぼっちこと紅型染め作家 冝保聡さん。
同じく紅型染め作家の奥様 賀川理英さん。

このお二人と、リバーマウス川口の御大こと正藍型染師 田中昭夫とは浅からぬ縁がある。

2年前の猛暑日のこと。
型染マニアでもある二人は、満を持してリバマ訪問を果たした。

初対面にして、高く険しい田中紺屋の敷居をヒョイと飛び越えた。
紅型と長板中型の違いはあれど、同じ型染師。
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あれよあれよでリバ爺からの信頼を獲得。
敬意あるグッドな質問と彼らの知識と技量のたまもの。

おやおや?

人間性の差だろうか。
わたしなんて未だどこの馬の骨。
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そんなぎぼっち夫妻。
7月末にリバマへ来るという。

その頃、黒幕こと津田千枝子とわたしは出張中。
残念ながら同席できない。

もちろん、ぎぼっち夫妻なら好きに行かれて構わない。
少々しぼんだ田中さんを労ってくれれば、刺激剤となりありがたい。
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わたしには野望がある。

現役バリバリで田中さんが染め仕事をしづらくなった今。
実は田中紺屋の染仕事にまつわる資料をしかるべき機関に寄贈すべく、黒幕と動いている。

染め布と型紙と資料本は、既に二ヵ所で納めて頂いている。
そのうちの一ヵ所は、先にお知らせした岩立フォークテキスタイルミュージアム。
※ちょうど今「アフリカの藍、日本の藍」展開催中にて、田中染め布がご覧頂ける好機です。お見逃しなく!

それとは別件。

板場奥に大きく鎮座まします、アレ。

気になってるんだよなあ、コレ。
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たぶん3-40年前。

染め用布として手紡手織の木綿生地を探し求めた田中さん。
その頃でさえ国産を入手するのは困難を極めた。

最高の用布で田中さんに染めさせたい当時の応援団は、韓国やタイの手紡木綿を手配してくれた。

それでも限りがある。
安定的にたっぷりたっぷり使いたい田中さんは「手紡手織に近い生地を機械織り」でと思い立ち奔走する。

そして、三河木綿の産地・愛知県岡崎市の機屋に掛け合う。

糸から綿密に選び、何度も試作を経てようやく納得の生地が出来た
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それこそが、以降田中紺屋がメインで使うことになった「岡崎木綿」である。
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当たり前だが、機械は動き始めたらどんどん織れちゃう。
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「放っておいたらすごい量になるからさ、金を払って機械を止めてもらったんだ」
といつだか話していた。

そして2年半前の冬。

いきなり給食窯を仕入れていた当時80歳。
デカ反ひと包みを紐解き、帯地巾に切って端ミシンし、精錬にいそしむ。
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最後の頒布会は終わったんですけど。

なのに100反余を喜々として精錬してますけど。

知ーらない。
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残りのデカ反は6梱包ある。
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わたしはずっとこの「岡崎木綿デカ反」の行く末が気になっていた。
そのくせ勝手に行き先は決めていた。

・紅型のぎぼっち夫妻に帯地として使ってもらいたい。
・2017年月日荘展若い衆のひとり、MITTANに服地として使ってもらいたい。

それが野望。

前置き長がっ。

田中さんの承諾という高いハードルを越えねば。
デカ反を受け取る側の都合もありましょう。

双方の了解がとれたとして。
いくらにするか、どうやって精錬するか、どうやって送るか。

なかなか厄介。

リバ爺に直接交渉せねば。
もろもろ厄介ごとも、どうするか。

ぎぼっちのリバマ日、うちらはこの界隈に出張している。
一緒に行かれない。
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よし。

ぎぼっちに任せよう。

お任せちゃん。
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がんばれ、ぎぼっち。

続きます。


by kerokikaku | 2018-08-02 23:58 | 正藍型染師 田中昭夫 | Comments(0)
2018年 08月 01日
「アフリカの藍、日本の藍」
明日8/2よりいよいよ開催です。

第15回展
アフリカの藍、日本の藍ー大胆さと繊細さの対比
2018/8/2(木)-11/10(土)木金土開館:
岩立フォークテキスタイルミュージアム(自由が丘)


フライヤーのオモテ面はナイジェリアの貫頭衣。
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ウラ面のシマシマは。

もしや。
まさかの。

どっかで見た記憶の。
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イエス。

正藍型染師 田中昭夫1980年代の作。
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ご存じ、岩立フォークテキスタイルミュージアム(IFM)館長 岩立広子先生。
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「紺定」田中紺屋染布の寄贈を引き受けて下さったのはこの冬のこと。

広幅と小幅を計9反、そして型紙10数枚。
IFMにふさわしい布を岩立先生みずからチョイスして頂いた。

テキスタイルの美を基準にコレクションされ、清々しく丁寧な展示をいつも見せてくれるIFMに「紺定」の染布が収蔵されたことを、TG寄贈チームは心より嬉しく思っています。
IFMに納めて頂いたことは、我々の自慢。

全てが出るわけではないが、直近の展示とはタイミングよく誉れなこと。

同じく寄贈品である「紺定」最初期の型染は伝統的な唐草文様。
真骨頂とも言えるデザインは、70年代後半から80年代初の作。
※奥の院より2年前にレスキューされた投稿はこちら
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その後、急速にキモノ需要が廃れる時代がやってきた。

80-90年代の田中紺屋は積極的に広幅にチャレンジした。
「広幅に染めれば服地に使える」と判断したのだろう。

シマシマや水玉やギザギザ柄。
シンプルで不変的なデザイン。
和装業界向けとは違う、大胆なアプローチを試みたのだ。
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我らTGはこれらの布を汗みずくで救い出したという自負がある。
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ええことした。
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ええ日やった。
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これは1980年頃の田中さん。
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ちなみにここで持ち上げているのは帯地小幅40cm弱。
広幅は3倍の120cm。

その広幅に糊を置き、屏風だたみに伸子をかけ、たっぷりの藍に漬けて上げたり下したり。

想像して下さい。
尋常な重さでなく狂気の沙汰。

ご自身も染色作家である岩立先生。
インドカディ広幅に藍型染をすることの難しさと面白さをよくよくお分かり頂いている。
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先だってリバマより引き上げた型紙。
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この型で糊付けして染めると、もれなくカワイイ水玉が出来上がります。

工程はハード過ぎて全然カワイくありません。
広幅は、もはや田中紺屋では出来ない。
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あの小冊子のサインとハギレの下、この水玉です。
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限定数ではありますが、館内でも小冊子販売をします。
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アフリカの大胆な藍と日本の繊細な藍。

田中紺屋「紺定」の藍がどう映るのが楽しみな今展。
明日からの展示をお見逃しなく。

っと。

これは何?
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講演会のインフォ

申込受付はお盆の8/14火ですって。
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我らが黒幕こと型染作家 津田千枝子が解説するんですって。
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もしかしてそれって。

BIGなサプライズゲストが遠路リバマからお出ましってこと?

まさかね。



by kerokikaku | 2018-08-01 14:44 | 正藍型染師 田中昭夫 | Comments(2)