カテゴリ:更紗( 29 )

2012年 06月 24日
アフリカンバティックの傘
十人十傘展 part 2 MANDRAKE
6/23(土)-7/8(日):FUCHISO(神宮前)
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アフリカンプリント生地「カンガ」を使った晴雨兼用傘の展覧会。気になります。

FUCHISOでは秋野ちひろ(ちこちゃん)さんの金属も取り扱っている。
が、残念なことにわたくしはまだ伺えておりません。
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by kerokikaku | 2012-06-24 19:49 | 更紗 | Comments(0)
2012年 06月 23日
アフリカの布
★アフリカの布と籠
6/23(土)-7/1(日):エスニカ(横浜青葉台)
コンゴ クバ王国のラフィア布とボツワナのバスケットに宿る美
企画・展示/ TRIBE


ラフィア布は、お店屋さんのインテリアとして時々数枚発見するか、骨董屋さんでうやうやしく拝観するか。
本来は腰布。

今日からアフリカ布の展覧会。

天井が高くて広いスペースに、ゆったりたっぷりの量のアフリカの布。見ごたえあり。
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TRIBE榊さんの"解説さん"が丁寧でわかりやすい。

王国だから、商売じゃないから出来た無心な手仕事。
いずこも同じ。

ラフィア椰子の繊維を機にかけて織る(男性が織り、女性が刺繍などの針仕事をする)。
着用しやすいように砧で叩く。
穴が開いたのでアップリケを施す。
それを逆手にとり、模様化したという説もある。

刺繍
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パッチワーク
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樹皮(タパ)と刺繍のコンビ
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アップリケ
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繊維を細長い糸に紡いで幅広の反物に織れば効率は良い。
それをせず、あくまでラフィア繊維の長さを優先に織る。
幅はせいぜい80cm。
だから繋げる。貼り付ける。
その制限ゆえのおもしろさ、おおらかさ。

ケンテクロスや籠や絞り布もあったが、わたしの目はクバ王国へのみ集中する。

東急田園都市線:青葉台駅から歩くと「あれ?まだかな」と不安になる頃にエスニカはあります。
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by kerokikaku | 2012-06-23 14:11 | 更紗 | Comments(0)
2012年 04月 20日
鋸歯文
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きょしもん。

書いて字のごとく、ノコギリの歯のようなギザギザ文様。
更紗によく使われる意匠だ。

布の上下に描かれる。

バティック用語だと
「kepala クパラ(あたまの意)」部分で
「tumpal トゥンパル」模様という。

直線ギザが変化し、やわらかなふくらみのあるストゥーパ型・キャンドル型もある。

ハタと。
ギザギザには意味があるのかと不思議になり"解説さん"に尋ねてみた。

よくわからないとの返事だった。

天地宇宙との融合・魔除けなど、世界各地で愛される三角文様には神秘的な意味がある。

しかしギザギザ鋸歯文には何の意味があるのか。

結果的に、いくつかの文献をあさってみたが見つけられなかった。
あっさり研究断念。

デザインとしての面白さが、単純に正解かもしれない。
そうだそうだ。
そうに違いない。

更紗が日本へ伝わった頃、ギザギザ部分はお大名さんの小袖の裾や袖口に効果的に使われた。

「阿国歌舞伎図屏風」駒を飛ばす侍の羽織
「誰ケ袖図屏風」女性の衣装を衣桁にかけた図

舶来物としてただでさえ珍重されまくった更紗である。
時代を先取りのファッションリーダーたちにはたまらない斬新さだっただろう。
洒脱だ。

現代の服装のほうがよほどおとなしく見える。
わたしなんか年中着たきり、黒白グレー無地の無彩色ばかり。

庶民だからいいのか。
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by kerokikaku | 2012-04-20 21:06 | 更紗 | Comments(0)
2012年 04月 19日
帯あそび
皮BAG作家の西田信子さんからいただいた御本。

「清野恵里子のきものの愉しみ帯あそび」

けろさん、更紗がお好きだから、どうぞお読みになって、と頂戴した。

更紗好きと触れ回っていてよかった。
ありがたいことである。

きものは全く嗜みませんが、きものまわりの布はたいそう嗜みます。
目玉でたのしむだけでございますが。

古渡インド更紗、アジア各地(インド・インドネシア・中国・ラオス)の織り・染め、和更紗、芭蕉布、果てはインドのカシミアショール。

すべて古民藝もりたさんの宝布。古布。

「貴重な更紗を幾重にも折り畳んで帯のように見せ、紬のきものや広げた着尺に載せてみます。」

「きものに帯を載せ、帯揚げと帯締めを添える。この『取り合わせ』の愉しみをグラフィックで表現する。」

なんとシンプルで素晴らしいアイデアだと思う。
さっぱりと上品なきものに、様々な帯をあわせてお見立てごっこ。

帯あそび。
わたしもあそびたい。

うーん、これはちょっと地味かな。
この鬼更紗とシックな帯締め 、いいなあ。
わあ、バリ縞ってなかなか見られないんだよなあ。

等々。
あーでもない、こーでもない。
いつの間にか妄想広場で清野さんとあそんでいた。
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装丁が小憎い。
更紗部員なら手にとらずにおられようか。
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左のギザギザ模様の更紗は三鷹のバティック展にも出展だった。
サロンのままと帯とでは布の顔がまるで変わって見える。

右の茜のスマトラ渡りのチャーミングなこと。
織りでも染めでもやはりインド・インドネシア出身の布に目が留まる。

灰色や赤系の帯揚げの微妙な色合いが、エキゾチックに傾きそうな取り合わせを、グイとモダンに引き上げてくれる。

用に使われ褪せて柔らかくなり、遠く日本まで旅してきた布。
愉しく上手にあそんでもらって。

キューっ。

こんな装いの方を見かけた日にゃ、間違いなく尾行を敢行してしまう。
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by kerokikaku | 2012-04-19 22:46 | 更紗 | Comments(0)
2012年 04月 18日
バティック研究欲
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三鷹市芸術文化センターでの「ジャワ更紗 Batik展<模様の郷園>クンプルコレクションより」初日早々に伺った。

ジャワ更紗を図柄別10カテゴリに分け(花束模様・ワヤン模様・タンバル模様など)し、それぞれ製作地別に特色もわかりやすく展示されている。

当方、あちらこちらで勝手に宣伝しており、会場では見知ったお顔もちらほら。

ね、よかったでしょ。

22(日)まで。
お見逃しないように。

公共施設が展示会場というのもいい。
天井が高く、広く、明るい。
ちょっと素朴。
布の販売はないので、煩悩がうごめくことなく純粋にゆったり拝見できた。

民俗衣装(バティックのサロンとクバヤ上衣)をまとったスタッフの方々が、お客さん数人集まると、連れ立って布や制作背景の説明をしてくださる。
"解説さん"と密かに呼んでいたが「よろしければ"ガイド"の説明をお聞きになりませんか」と促され、そうか"ガイドさん"かと思う。

バティックについてはだいたい分かっているつもりだったが、解説さん、おっとガイドさんの説明を聞くと、あらたな発見も結構あって嬉しくなる。

19世紀〜20世紀中期までのバティックのロウ置きの細かさよ。
虫眼鏡で見たくなるほどの精緻さ。
それをウラもオモテも。

たたみ一畳もある狭くもあり無限に広い布一面に世界が広がっている。
単に技術の卓越さだけでなく、一生懸命にいいものを作ろうという心意気が伝わる。

ここ10数年に作られたバティックもいくつか並んでいた。
明らかに手が悪い。
ざんねんな仕事。

昔は労働のバリエーションがあまりなかった。現代ではいくらでもある。
古臭く伝統的で地味で根気のいるバティック仕事に、もっと真摯に打ち込んで欲しいと思うのは、無責任な外国人の身勝手な感想かもしれない。


こちらの研究会の皆さんは全く存じ上げないが、物腰や佇まいからそこはかとない上品さが醸し出されており、とても好感がもてた。

クンプル=kumpul
インドネシア語で「集める」「集まる」の意味。

こちらの研究会について興味がわき、僭越だとか図々しいとかの恥をかなぐり捨て、恐る恐る、精一杯ていねいな言葉遣いで、活動内容について尋ねてみた。

あわよくば入会。
あ、そんな、かるく傍聴とか。
いや、ちょいと訪問だけでも。
もしよろしければ。

伺うに、定期的に集まって勉強会を催している。
1990年代初頭に発足。
シンガポール駐在員の奥様方が現地で集まり、シンガポール博物館の日本語ガイドのボランティア活動をされていた。
その中のジャワ更紗勉強会のメンバーの帰国後の活動が今に至るそうだ。
なぜシンガポールでジャワ更紗かは聞きそびれた。

会員を募っているわけではなく、元々のメンバーの集まり。それが条件。

わたしが入会するためには、まず夫に何がしかの職でシンガポール駐在してもらい、同行し、シンガポール博物館での日本語ガイドを経て、帰国しなければならない。

およびでなかった。

分不相応。

やわらかながらキッパリとご説明いただき、妙な助平根性の湧きようもなくかえってありがたかった。

博物館日本語ガイド歴が素地にあるから"解説さん"が出来るのだ。
人前でものごとを説明するというのは、知識だけでなく技術と経験がいる。
誰にでも出来ることではない。
納得した。

自費出版の図録は、布の図版も素晴らしいが、ジャワ更紗の研究書としても充分に成り立つカタログだ。
とっくに完売だそうで口惜しい。
ぜひコピーでもよいので販売配布を希望しますとお伝えしてみた。

ひとり研究欲。
わーん、現物がない。
机上のひとり研究。

また三年後に開催でしょうか。
次はどんな視点からか、楽しみだ。
指折り数え、お待ちしています。
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by kerokikaku | 2012-04-18 21:29 | 更紗 | Comments(0)
2012年 04月 13日
ジャワ更紗展 クンプルコレクション
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ジャワ更紗 Batik展 <模様の郷園>クンプルコレクションより
4/18(水)-4/22(日):三鷹市芸術文化センター地下1階展示室


布好き組合BATIK部のみなさま各位。

あの、こちら、お地味~なDMに見えるかも(失礼)しれませんが

要チェック展示です。

前回、3年前のクンプルコレクション展、たった1度きりの体験だけなのですが、
わたしには確信できる。

行ったほうがいい。

BATIK部員各位、この5日間を万障お繰り合わせあれ。

その3年前のわたくしの興奮記事は、アトリエマニス日本部ブログにございます。
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by kerokikaku | 2012-04-13 14:14 | 更紗 | Comments(2)
2012年 02月 18日
和更紗
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あす19(日)までの松濤美術館での和更紗展に駆け込む。出展者(和更紗コレクター)熊谷氏のギャラリートークと運よく重なり拝聴がかなった。

わたしは更紗好きだが、インド/インドネシア発のきればかりに目が行き、和更紗はなんだか地味だしなーなどとタカをくくっていた。

なぜならやはり赤の色に惹かれる。
はじめてインド更紗を目にした桃山〜江戸時代の日本人と同じように。

この赤はヨーロッパでも染織産業に打撃を加えるほどのショックだったとか。

なぜインド染織で鮮やかな赤が生まれたかというと、赤の染料となる六葉茜がインドでのみ採れたこと、牛の乳を木綿布に浸すことによりタンパク質が色の定着と発色にうまく作用したことがある。
インド以外の地では得づらい材料であった。

さて、和更紗。
がんばった。
とにかく鮮やかな柄生地がほしい。
藍などの一色染めは飽きちゃった。

染料もなく、作り方もわからない。
見よう見まねで日本でできることはなにか。

形摺り更紗と言い、きれに直接絵を描かず、柿渋紙で型紙を作り顔料を刷毛で刷り込む技法を取り入れた。これで量産にも向く。とはいえ手間は恐ろしくかかる。鍋島は主に木版と併用だった。細かい柄だと輪郭線のスミ(黒)版だけでも4版以上使うらしい。型はA4位なので、反物につぎつぎと連続して置いて摺っていく。作業を思うと気が遠くなる。

染屋と型紙屋。職人の技術が結集し、インドのような真っ赤な更紗は作れなかったが、日本人の情緒にマッチした趣きのある華やかな和更紗が誕生した。

それが水で色が落ちるきれであろうとも。

庶民まで浸透した和更紗だというが、洗えないし水で落ちる顔料を使ったきれなぞ、実際の生活に即さないのではないか、と講演のあとで質問してみた。

庶民の定義は難しいが、やはり巷で更紗は大流行したようだ。若い衆などが着物のそこかしこに更紗を使い、洒落を競った。奢侈禁止令が出たほどだ。

ふとん皮や、帯、袋物など、洗わないものに使用した。下と上の着物のあいだの着物にとか。この時代は洗濯はあまりしなかったこともある。

洗えないことよりも、新しい柄(更紗)への憧れの方が強かったと伺い、なるほどと納得する。お洒落はなにごとにも優先する。

更紗とはひとの心をまどわす魅惑のきれ。

うちにある数少ない和更紗を集めてみた。はぎれ小片。右の赤いものは展示に同じきれがあった。いい赤だ。

あと、やっぱり学芸員やコレクターは違うな、とあらためて感じた。そこいらのただのオタクじゃない。わたしなどオタクの風上にも置かれない。知識も目も違う。更にコレクターは莫大な身銭を切っているので、深さが違う。核まで届く。

あらためて、参りました。ぎゃふん。
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by kerokikaku | 2012-02-18 20:27 | 更紗 | Comments(0)
2012年 02月 08日
和更紗展
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ケイタイ内の画像を整理中。

なんでこんな写真を撮ったっけか。
ああそうか。
備忘録だった。

先月半ばの井の頭線/渋谷駅ホーム。
線路向こうの掲示板に、つつましやかに貼られたサイズ小さめのポスター。

目をこらす。
「2月」「松濤」「和更紗」の文字が見えた。

よしよし。
「2月」に「松濤」美術館で「和更紗」の展示だな。
忘れないよう撮っておこう。

そういうわけだった。
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辛うじて思い出せてよかったものの。
案外わたしの海馬が捨てたもんじゃないからよかったものの。
松濤はんのポスターはいつだって楚々としすぎて、つれないおひと。

江戸時代前、舶来輸入のインド更紗を見てびっくり仰天した日本人。

ほしいけどめっちゃ高いなー。
どうにか自分たちで作れやんかなー。

最初はインドの真似っこでがんばる。
しかし素材も染料もセンスも違う。
そのうち日本人らしいアレンジが加わり、自然と「和」な更紗が作られていった。

そんなこんなで始まっている。
渋谷区立松濤美術館で19日まで。
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by kerokikaku | 2012-02-08 19:10 | 更紗 | Comments(0)
2011年 06月 19日
イミタシ更紗
趣味は、唯一バリ島といつか公言したが
もうひとつ、更紗があった。

「更紗」の定義はひとつではなく難しいのだが
ざっくり言えば「模様染めの布」。

防染技法、まず三纈からいくと
蝋纈(ロウケチ(ツ)・いわゆるジャワ更紗、バティック)、
夾纈(キョウケチ・板締めの一種)、
纐纈(コウケチ・絞り染め)、
そして手描きのカラムカリ(ペンで絵付け)、
銅板(ヨーロッパ産)、木版(多くは泥防染)などなど。

基布は無地の木綿が主だが、絹もあり。
先に絣を織った布に絵付けしたものもあり。

木綿でも、
モスリンのような薄手/ワイルドな鬼手/機械織キャンブリックなど。
箔や金(銀)泥をあしらった金(銀)更紗もあり。

上記のミックス/コラボな更紗もあり。
単にプリント布のことをいう場合もあり。

ようするに、
なんでもありな模様染め布が
更紗といえる。

ただし個人的偏狂好物は
古渡インド更紗。

17世紀、紅毛船に載って
鎖国の江戸へ渡ってきたお宝布。

はじめて目するエキゾチックで鮮やかな更紗は
天下太平の鎖国で、のんのんとしていた将軍お大名はじめ
茶の湯系趣味人をたちまち熱狂させた。
ハギレのひとかけだって珍重された。

京の染め職人たちにもばんばん刺激を与えた。
わたしにだってばんばん刺激を与えた。

この古渡更紗をオリジナルと呼ぶなら
ほかはイミテーションとなるのか。

オリジナルなど、いまやミュージアムピースで
なまなかに手にはおろか目にするのも希だ。

生産地に行ってもない。
いまや好事家と美術館の手に渡ってしまっている。

とてもじゃないが身につけられる代物ではない。
夜な夜な図録をながめうっとりするのみ。
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アンティークの性として、
新しくは作れない。

100年後にはアンティークになるかもしれないが
時間経過は、いまのものに追加トッピングできない。
風(ふう)、にはできるけど。

こちらKAPITALの生地。d0182119_21145555.jpg










古渡インド更紗鋸歯文を
綿のダブルガーゼに転写プリント。
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裏は転写の残り香ね。

違うっちゃぁ、そもそもが違うのだが
今使うにはこれでいいと思った。

というか、めっちゃいいアイデア!と思った。

このシリーズの服をお召しだったTKさんをヒン捕まえ
「アンタ、これ、なに、ほんもの?にせもの?」と
いつぞや奇声を発したのはいたしかたない。

とおー目で見たらハテナ?ハテナ?となるさ。
ほんものだったら危うく鼻血を噴出しただろう。
そして文字通り、身ぐるみヒン剥いていただろう。

にせものというワードは失礼だったな。
カバーというべきだったか。
イミタシのがよかったかな。

KAPITALはうまい。
草ビロードのプリントも泣かす。
※クバのラフィアアップリケでした。

イミタシに愛がみえる。

ほんものには遠く、というのは置いといて
アイデアとして大いに心振るわす。
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by kerokikaku | 2011-06-19 19:22 | 更紗 | Comments(0)