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2019年 02月 28日
藍人生、全う
リバマことリバーマウスこと川口。

そういえば夕方に降り立ったこと、なかったなあ。
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二月田中学校。
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我々こと型染作家津田千枝子、名古屋月日荘、けろ企画の3人は、リバマの御大こと川口の正藍型染師 田中昭夫さんのお通夜へ向かった。

ひとり、またひとりと参列者が入って行く。
ご自宅から近いお寺にて。
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事後承諾ではありますが、津田の発案により、田中さんへのお悔やみの言葉全てをプリントアウトしご霊前へ供えさせて頂きました。
(※当ブログへのコメント、工芸ライター田中敦子facebookコメント、布とお茶を巡る旅浅井恵子facebookコメント、津田千枝子とけろ企画宛に届いたメール)

お焼香をして、我々は田中さんとお別れをした。
お顔はずいぶんきれいで男前だった。

帰ろうとする我々を呼び止める声がした。
オレのムスコ、三男坊氏だ。

ご家族とはお付き合いなく来たが、唯一三男さんとは2015年青山展でお目にかかっていた。

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田中さんを若返らせてググッとやわらかくした感じ。
あの頃に増して似てきた。

「みなさんのおかげで親爺の仕事を広めてもらえました、本当にありがとうございました」
「うちに型紙や藍染めがあるのが当たり前すぎて、これがすごいことだなんて僕らは考えたこともなかったです」

そんな風に言って頂けるなど思ってもおらず光栄。
「田中さんの染布や生き方に、多くの人が感動したんですよ」と申し上げる。

さいごのついでだ。
「遺影の写真はどうしたんですか」と尋ねると「親父の写真なんか持ってないんでネットで検索しました」と。
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2016年12月23日。
雑誌「七緒」取材日は見事な冬晴れだった。

ハレ姿、半纏股引の正装。
田中さんは少し照れながらも、カメラマン三浦咲恵さんの前に立った。

あの写真、もっと苦いビミョウな顔の印象だったが、遺影ではなんともまろやかに見えた。
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そのあと、2017年の名古屋月日荘展後から、思うような仕事が出来なくなった。
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藍が悪い、布が悪い、指が痛い、気分も悪い、天気も悪い。
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でもやんなくちゃなんない。
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持ち上がらない長板は、引きずってでも。
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どうしても。
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ご寵愛はバラだけ。
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そんな染布をダメ出しされ、シュンとした2017年12月。
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もし道路拡張になったら、作業場はリニューアルだと話す2018年1月。
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慣れない確定申告書類を書かされた2月。
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各方面へ寄贈する染布を選定した3月。
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藍の色が薄くて何もかもイヤになった4月。
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紺屋資料の寄贈準備もし始めた5月。
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自身の具合も芳しくなく、さらに最後の藍もおじゃんにし、ガックリ意気消沈した6月。
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何がなんでも藍が建てたくてSOSした8月。
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我々はこのとき、もう蒅の手配は出来ない、と告げた。
これまで何度も忖度してきたが「今度こそやれない」とけっこう強く。

以降、田中さんは我々に何かを頼むことをやめた。

しかし諦めきれずに自力でなんとかしようと試みたらしい。
いくつかへ問い合わせた形跡があった。

お通夜の席で伺った話として、親戚の紺屋さんから阿波藍の蒅を少し分けてもらっていた。
昨年末のことだと聞く。

もはや体力的に藍建てができるわけもないが、ともかく蒅を手に入れたのだ。

執念に震える。
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田中さんの正藍型染布には、どこか突き抜けた清々しさがある。
一切合切、何も顧みず、ひたすら真正直な染め仕事。

藍にとりつかれていた。

藍染ができなくなり、生きることが終わった。

染布そのままの清さ。
お見事でした。
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こちら、うっかり好々爺と間違われやすい写真。
「七緒」取材日に写メしたもの。

最晩年は苦虫顔が多かったが、仕事の出来がいい時だけ子どもみたいな笑顔。

世間話の出来ないひと。
藍の話しか出来ないひと。
正藍型染め以外なにも興味のないひと。

純真無垢な藍染め職人。

お会いできたことに感謝します。
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ー津田千枝子よりひと言ー

今朝 仕事場の藍甕をかき回しながら、田中さんのことを考えていました。
この甕は 30年余り前に 広幅も染められる深さのものを、
田中さんが 知り合いの方に注文して作ってくれたものです。
その前から使っている甕は、菅原匠さんから頂いたものですが、
やがて40年 途切れる事なく、庭で藍をずっと建てています。

田中さんから こうしろああしろと指導受けた事などは 無いのですが、
藍の仕事をする時の 自分の動きに何となく田中さんが頭に浮かぶ事が
よくありました。
職人の仕事は 身体の動きに無駄がなく合理的です。
私は 染めの職人は田中さんしか知りませんが、
自分で仕事をしていてなるほどと思うことがたくさんあります。

けろブログにあるようにお通夜が終わって、
田中さんの三男さんと少しお話をすることができました。
22日、田中さんの様子が少しおかしいと、お母さんから連絡があったそうです。
すぐに駆けつけてみると、苦しそうでもなく安定した様子だったので、
一度 ご自宅に戻られたのだそうですが、その一時間後くらいに
お父さんが冷たくなっていると 連絡がきたそうです。
あの時に病院に連れて行っていれば、、、と仰っていました。

でも、先月まで歩くことができ、今月も少しはお話もでき、
ご自宅で 苦しい事もなく、そのようにお亡くなりになったことは、
今までの 田中さんの歩みへの、天からの最高のご褒美だったのではないかと
藍をかき混ぜながら 思った次第です。
本物の職人は亡くなられ方も 合理的だな、いいなあ、と。

心から ご冥福をお祈りいたします。
田中さん、本当にありがとうございました。

津田千枝子
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※画像は2014年10月22日の田中紺屋にて。
「我々」の活動最初期「第一回紺屋ツアー」終了直後の田中さんと津田千枝子。

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by kerokikaku | 2019-02-28 11:10 | 正藍型染師 田中昭夫 | Comments(4)
2019年 02月 24日
訃報:正藍型染師 田中昭夫さん
正藍型染師 田中昭夫さんがお亡くなりになりました。

今朝、奥様から津田千枝子へ電話があり、2019年2月22日夜に亡くなったとのことでした。

昨年よりご体調を崩されており、この2月からは寝たきりのご様子。
最後は苦しむこともなく逝かれたそうです。

田中昭夫さんをあたたかくお見守り下さっていた皆様へ、取り急ぎではありますがご報告させて頂きます。

※こちらはちょうど一年前、2018/2/19の画像。
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田中紺屋 「紺定」当主 田中昭夫さん 83歳。

謹んでご冥福をお祈り致します。



by kerokikaku | 2019-02-24 17:52 | 正藍型染師 田中昭夫 | Comments(3)
2019年 02月 21日
のは、なんですか
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by kerokikaku | 2019-02-21 21:34 | ものすごくその他 | Comments(0)
2019年 02月 19日
江戸だらけ
気のせいだろうか。
何度目かのブームのような。
インバウンドや2020を意識してるとか。

暮れだかいつだか。
伊勢丹メンズ館のウィンドウが注連縄と水引と升だかで、ガイジンさんにこびこびジャパンだったのはさみしかった。

ディスカバージャパン。
国鉄?昭和?

なぜなら目の端に入るのがこればっか。
EDOキャンペーン中なの、知らなかったのわたしだけ?

■たばこと塩の博物館・「江戸の演芸熱
2019/3/10(日)まで
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■東京都美術館・「奇想の系譜展 江戸絵画ミラクルワールド
2019/4/7(日)まで
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■森アーツセンターギャラリー・「新・北斎展
2019/3/24(日)まで
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■貨幣博物館・「江戸の宝くじ
2019/2/24(日)まで
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by kerokikaku | 2019-02-19 22:50 | 情報として | Comments(0)
2019年 02月 19日
わたしの好きなアパマン
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お相撲寄席的な勘亭流フォントが好きというわけではない。

なんだろう。

人の手による、勢いと憂いだろうか。

人の手によることがポイント。

武者震いと息を止めて書くのだ。
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by kerokikaku | 2019-02-19 21:33 | ものすごくその他 | Comments(0)
2019年 02月 12日
わたしの好きなだし
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by kerokikaku | 2019-02-12 16:51 | ものすごくその他 | Comments(0)
2019年 02月 07日
田中さんへ送った覚書ー1 (完)
そんなこんながありまして。

お預かりしていた染物型紙資料一式、そして覚書を入れ、先日リバマへ返却した。

手持ち出来ない量なので宅配便で。
結構大きくて重い段ボールが4つ。

開けるにはそれなりの体力が必要だ。
いまの田中さんに開梱は無理かなあ。

それ以前に、開けてもらえるとは限らない。
置きっぱなしの可能性もある。

念のため、発送前に奥様へ電話をしておいた。
「甘いものを同封したので田中さんと召し上がって下さい」と伝える。

最中とカステラ。

食欲はまだあると思いたい。

甘いモノ好きかどうかはともかく、我々の前で田中さんは何でも黙ってぺろりと食べた。
うまいとかありがとうは聞いたことがない。

もしも段ボールを開けてもらえず、永遠に置き去りになったら。

最中とカステラはどうなるんだろう。

いまさら云々カンヌン思っている。

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以下、田中紺屋宛の覚書。

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田中昭夫様

2014年10月から今日まで4年と数か月。
アトリア川口の匠展、田中紺屋ツアー、その後の広報活動から青山での展示、夏場のハギレ発掘、名古屋での展示、播磨蒅とラオス布の手配、岩立ミュージアムにて津田による田中紺屋講演会、そして各美術館への寄贈…(別紙①)。

これまで、津田千枝子とけろ企画はじめ、有志数名が田中紺屋に関わらせて頂きました。
多くの賛同を得て大きなうねりとなり、紺定染布の素晴らしさを広くお伝えして参りました。
この間、田中さんへはかなりの金額をお支払いすることも出来ました(別紙②)。
田中さんのお仕事の一助になればとの一心で動いて参りましたが、現在はこれらの活動を続けるのが難しいご様子です。

そこで、2019年1月をもちまして田中紺屋に関わる私どもの活動を終わりとし、区切りとしてお預かりしていた品々をご返却致します(別紙③)。
さらに、交わしました公正証書の契約については無効に同意と致します(別紙④)。

田中さんにおかれましては、私たちの活動を深くご理解頂きました。
様々な事案に対して快くご協力下さいましたことに感謝申し上げます。

何よりも真正直で力強い正藍型染布があってのこと。
田中さん渾身の染布が多くの人の心を動かしました。

数えてみますと、けろ企画はかれこれ100回近く田中紺屋へ伺いました。
お邪魔するにつけ勉強をさせて頂きました。

田中さんへは、あらためて御礼を申し上げたいと思います。
素晴らしい出会いでした。
寒い折ですのでお体を大切にどうか元気でお過ごし下さい。

奥様にはきちんとご挨拶する機会もないままお騒がせしましたこと、この場を借りてお詫び申し上げます。長きに渡り江戸時代ままの気質の職人と型染仕事を縁の下で支えてこられ、さぞかしご苦労されたでしょう。奥様のご支援あってこそのお仕事だと存じております。

僭越ではありますが、私どもは一連の活動を通じて、田中さんの素晴らしいお仕事を日本のみならず海外まで広くご紹介することが出来たと自負しております。

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別紙:①
田中紺屋資料の寄贈先の覚書

2017年3月名古屋展示会以降、貴重な伝統工芸遺産である「田中紺屋染布と型染資料と書籍」を、しかるべき機関へ寄贈するべく田中昭夫さんご本人のご理解ご協力のもと、大切なお品をお預かりして手続きを進めておりました。
寄贈状況につきましては随時お伝えしておりますが、以下覚書として記します。

2018年2月
岩立フォークテキスタイルミュージアム(東京・自由が丘)
・正藍型染布9反・型紙(2018年6月)・染め風景の写真額

2018年7月
ちいさな藍美術館(京都・美山)
・型紙・手板額・染め風景の写真額・正藍型染布(2019年1月)・書籍「中型染布裂集」「日本の型染」三彩工芸刊ほか

2018年7月
東北芸術工科大学(山形)
・ベニバナ型紙

2018年8月
出羽の織座米澤民藝館(山形・米沢)
・上杉鎧下の型紙

2019年1月
長岡造形大学(新潟・長岡)
・型紙・染布・書籍・彫り風景の写真額(一部お買上げ)

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別紙:③
資料ご返却についての覚書

けろ企画がお預かりしていた大切な田中紺屋資料一式をご返却させて頂きます。

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(別紙③詳細と②と④は省略)



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皆様へ。

4年数ヶ月前の 「引退する」の一言から始まった騒動でしたが、
この稀有な職人仕事を 少しでも記憶に残せたこと、お使い頂く方の元に渡ったこと、
心から良かった と思っております。

前述のけろ企画ブログの通り、この先は 私どもが あれこれできる状況ではなくなりました。
今後は、ご家族のご配慮の中での 田中昭夫さんのご健康を
少し離れた処から 祈りたいと思っております。

本当に たくさんの方々から 消えいく貴重な仕事に ご理解と応援を頂きました事、
深くお礼申し上げます。

津田千枝子
けろ企画


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by kerokikaku | 2019-02-07 18:32 | 正藍型染師 田中昭夫 | Comments(3)
2019年 02月 06日
田中さんへ送った覚書ー0
聡明な皆さんはうっすらお感じかと。

「正藍型染師 田中昭夫」さんと我々に何があったのか。




どうも変だ。

リバマ安否確認レポートがすっかりご無沙汰だ。
何かがあったんじゃないか。

田中さんはお元気?まだ染めていらっしゃるの?
と、よくお尋ね頂きます。

社交辞令もありましょうが、まあまあ気に留めて頂いているんですね。

もしや。
何かあったか。

ええ。
何かありました。

現在田中さんは寝たり起きたりだそうです。
染め仕事はしていない。

我々はもうリバマへお邪魔しないことにしました。

リバマことリバーマウスことriver mouthこと川口。
の、田中紺屋。

そんなこんな。
ちょっと長くなっていいですか。

奥歯に藍をたっぷりはさみ、所々グラデーションきかせつつ。
ベリーロング。

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きっかけは、やはり加齢とお具合。
そして藍。

因果の種はあちこちに散らばっていた。

それでも元気なうちは問題なかった。
苦虫顔でも仕事で気をもんでいるうちは。

昨春過ぎ、いよいよ染めが出来なくなり、何がしかの種が発芽した。
あっという間に伸びて蔓になり、蔓延した。
鉈を手にジャングル前で立ち往生するしかなかった。

そして我々はこれ以上分け入ることをやめにした。
※いまさらTG=田中軍団もしんどいので「我々」にします。

お饅頭でも持って、時々ご機嫌伺いに行ける仲なら良いのですが。

そんな仲でもないのです。

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元来、ふしぎな関係性でした。

頼まれもしないのに大騒ぎで販売し応援した。
それに当人「うん」と答えるだけ。

見返りどころか粗茶すら求めず。
ただ田中染布の凄さに突き動かされて、ここまでやって参りました。

それでも田中さんが一任してくれたのは大きかった。
自分は染めるだけ、あとは知らねえって。

ま、大げさでなく、藍染以外の一切に興味がないのです。

無骨な職人だからこそ、我々は喜々として動きました。
「大量在庫」を見つけてあっちで販売。
「蒅が無い」と聞けばこっちへ打診、「布が無い」と知ればそっちに交渉。

手前味噌ながら、田中忖度組合は優秀でした。
それなりのメンバーなものですから。

ところがこの一年ほど、首をひねることが多くなりました。
ただでさえ噛み合わなかった(苦笑・・)話が、いよいよ合わなくなってきました。

こっちが勝手に世話を焼いてるのは千も万も承知。
83歳という御年だし、ご体調が良くないのもあるでしょう。

藍は、言わずもがな田中さんのアイデンティティです。

今思えば2017年夏から、様々な理由で型染が出来ていなかった。

最初は天気のせいだったり、生地が変わったせい。
そのうち手が痛い、藍の調子が悪い、あっちもこっちもダメ。

それでも2018年初めも藍の世話だけはしていました。

春のある日、藍の調子がおかしいとSOSがある。
我々は急行して対処したが、そこから勘が狂い、分けがわからなくかった。

とうとう最後の蒅をおじゃんにし、藍はそれっきり。

完全に気分が悪くなる。

この一年、田中さんとは数回しかお目にかかれていませんが、みるみる心身が弱っているのは分かりました。

急速に勘が鈍っている。
思うように体が動かない苛立ちも強く感じます。

藍のほかは何にもない堅物。
覇気もやることも、何もかんもありません。

田中さんはいい意味でも本来の意味でも、変わった人。
変人です。
稀代の変人、かつ藍狂人。

人としてアレレ、なところが多分にあります。
アレレでなくては、あれだけの凄い仕事は出来ません。

我々は、田中さんのお仕事を尊敬しているからこそ、アレレだけど関わった。
藍しか見えない変人だからこそ、外野で関わらせてもらえた。

さて数年前より。
田中染布と紺屋資料をしかるべき機関へ寄贈するよう動いていました。

出来ることなら、江戸時代ままの田中紺屋を作業場ごと博物館へ移築したい。
いっそ田中職人も添付して民俗遺産として残せたら、と儚い夢。
消えゆく型染職人インタビューを今こそすべき、とも。

藍染仕事をしている間は道具や型紙を動かせません。
急に移動して老職人を気落ちさせてはいけない。

田中さんと相談しながら順を追い、慎重に寄贈の手配をしたつもり。
不測の事態に我々だけでも動けるよう、一昨年に公正証書も結びました。

その後、お蔭様でいくつかの機関に受け入れて頂きました。
お喜びの手紙やお礼の連絡を受けました。

ヤール巾の岡崎木綿生地しめて1,400m。
作業場奥にあるその貴重な生地は複数先へ買い取ってもらう手配も済ませた。
重い反物を発送する段取りも周到に。

ここらへん。
ご自分の藍染め仕事と関係のないこと。
田中さんのアタマからごっそり抜けたようです。
どうでもいい、という認識。

なにもかも面白くない。

2018年夏以降、リバマへ伺う機会を頂けなくなりました。

藍もダメだし、具合も悪い。
ガチャガチャやってる我々なんぞ、気に入らない。

藍仕事ができなきゃどうでもいい。
ご機嫌ナナメが、くるっと回ってタテになる勢い。

その後も細々と連絡は取っておりました。
しかし、齟齬の修正が一切ききません。

固まってしまった。

しばらく工夫を試みましたが、我々はリバマとの関わりを終えることにしました。

あちらの言い分もありましょうし、事情の全てはここでお伝えできません。

日々不穏。

ホントはあと少し、寄贈と受け渡しをがんばりたかった。

でもまあ、これで終わりだなと。

ぜんぜん好々爺じゃないところが田中さんらしい。
かつて誰とも丸く収まったことがない、と伝え聞く。
もし我々とだけ丸く収まったら、妙な心持だ。

いっそ好機。
おかげで後ろ髪も引かれずサッパリ。

でも悪いことは何も思わない。
江戸時代ままの凄まじい染め仕事を、平成も終わろうとする今、間近で拝見出来た。
変わり者のアレレと、面白くも稀有な経験をさせて頂いたことは宝だ。
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それについての感謝は、大谷焼の2石の藍甕よりずっと深い。

ステンレス製ヤール巾の甕くらい。
深いよ。
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どうもありがとうございました。
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田中さんご本人へはもちろん、お買上げ頂いた皆々様、じっとお見守りの皆々様、全国一千万の関係各位、そしてうっかり関わっちゃった有能な我々へ。

ステン甕の中心から藍をこめて。
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※画像は2018年10月岩立フォークテキスタイルミュージアムでの「田中紺屋について」津田千枝子講演時のスライドから

田中さんへ送った覚書については次にします。



by kerokikaku | 2019-02-06 20:02 | 正藍型染師 田中昭夫 | Comments(5)
2019年 02月 02日
2月上旬のインフォるまし ※一件追加
2019年からは、毎月のインフォルマシをやるまい。

ひそかに固く誓っていた。

ずっとひっかかっていた。
やらなくていいことだと。

何度もそう言いながら立ち戻って、また一人ごねる。
毎度の持病再発。

出不精組合のわたしがえらそにお伝えすることもなく、いくらでも情報は知れる。
もうええやん、インフォするまじ。

と決めた途端にインフォしたくなるのがこの世のフシギ。

基本的には布茶ブログで全て足ります。
それさえ押さえたらよろし。

でも教えたい。
なんか言いたい。
ぜんぜん頼まれもしないのに。

ああ悪い虫。
わたしのつまらぬ※良かれくそが発動する。

※カタカナ漢字をやめてひらがなにしたのはけろ企画の配慮による。
※良かれと思ってやることはだいたいくそである、という、後述する富田画伯が説いたありがたい教えのこと。

どうか止めてくれるな。

そもそも頼んでないし。

そして雑にする。

ええご勝手に。

That's.

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富田有紀子画伯展、2019年2月2日[土] - 16日[土]、ギャラリー椿(京橋)

かの有名な良かれくそ教義を極め、わたしに説いたとってもえらいひと。
とは言え、悲しい三つ子の魂、良かれくそは完治しない。
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■BeBe、仕舞っておかれるモノ、2019年2月4日(月)-13日(水)、アートスペース繭(京橋)
ああ、おキモ。
上記ヨミタ(富田)画伯展のギャラリー椿とセットでどうぞ。
その椿の向かいの立ち食い蕎麦恵み屋もセットです。
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LIXILギャラリーもセットでね。

■”Theater"、2019年2月3日(日)まで、Bギャラリー(新宿ビームスジャパン5F)
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大久保さんにクリソツだが別人の台湾女性らしい。明日まで。
どこでDMを手にしたかはすっかり健忘だが、Bギャラリーを知らなかったので調べる。
さすがビームス、まぶしさで目がつぶれるかと思うおしゃれ展ばかりでたまげた。
ベンジー展とかプレイボーイ展とか。

■イデーと小林和人が選ぶ、「暮らしを織り成す布」、2019年3月4日(月)まで、イデーショップ自由が丘
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もうここらへんは、IFMこと岩立フォークテキスタイルミュージアムの玄関軒先で拾い集めたインフォですな。

スンバの布って、わたしくらいになっちゃうともうお腹いっぱい。
なんとなくずっと追いやっていた。
このところ素敵にコーディネートされているのを見る機会が増えた。
やっぱスンバっていいよねと、のうのうと言う今。

■中国少数民族の服飾展~布の記憶~、2019年2月11日(月)まで、エスノースギャラリー(日暮里・千駄木)
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これもね。
糸へん諸君にはぐっとくる画だね。

■「どっちつかずのものづくり」出版記念 百草冬 百種展「白」、2019年2月11日(月祝)まで、ギャルリももぐさ(多治見)
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スキャナに入りきりませんでしたので腹立った。
これは案内DMのほんの一部。

ちこちゃんも冨も出てる。
冨の白かばんはどういうことになのか。
ちこちゃんの無用の立体がわたしは好きだ。
琺瑯の洗面器、和紙とか、何だとか、とにかく、どいつもこいつも、キィィッ。

多治見はなぜ東京の隣町じゃないんですか。

KNITOLOGY、2019/2/9(土)まで、hase(名古屋)
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なんとなく気になったDMデザイン。

■柳宗悦の「直観」美を見いだす力、2019年3月24日(日)まで、日本民芸館(駒場東大前)
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はにまるじゃない土偶。

なにより熱くお伝えしたいことは、5時閉館で入館4時半までってこと。

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けろついいと:
①雑誌は買わない主義(まったく主義が多いこと)だが最近は「東京かわら版」を愛読。そのうち定期購読か。
②ここんとこ、フェリシモとかわりと見る。べんきょうになる。
③PUENTEで中を固めてポカポカ、上は作業用防寒ツナギ。機嫌よく西友で買い物しながら自分が写った鏡を見て仰天。かなりマズイ。修正せねば。
④人生からwifiがなくなったらラジオやyoutubeが聞けずに大変だ、と不安でいっぱい。



by kerokikaku | 2019-02-02 22:27 | 毎月のインフォルマシ | Comments(0)
2019年 02月 02日
HPE News 最終号
拙ブログのカテゴリに「H.P.E」がある。

谷さんご本人からも公認して頂いている。

なのに遅くなりました。
まずはお詫びからです。

ラオスで布づくりをしている谷由起子さん。

その現地法人である「H.P.E」は閉じました。

このことは布茶ブログに1か月前に投稿されています。
多くの方がもうご存知でしょう。

故に、今後のH.P.Eの展示会はありません。
どこかのお店に商品が残っていれば、それが終われば終わりです。

以下に「H.P.E News 最終号」を載せます。

内容としては、なんというかあっさり。
かえってそれが、ここまでたどり着いた想像しようもないご苦労と葛藤とを思わされます。

タイトルをクリックして虫眼鏡ツールで読んで下さい。

書かれたとおりなのだろう。
そうすなおに受け止めています。

結局行かれなかったラオス。

H.P.Eの布を思うと、行ったこともないくせに、谷さんの暮らしたラオスの風景が自動的に心に浮かびます。

民族服を着た人々、高床式住居、筵に置かれたおかずの皿。
青空と緑の草木、古びた木の織機、老若男女みんなで働く姿。

現地で孤軍奮闘の谷さんのお仕事は、美しい布とはるかな夢を見せてくれた。
私たちってば、上澄みのいいとこだけ享受したよね。

きれいなことばかりじゃなかったでしょうが、それも含め。
谷さんも含めて美しかった。

ありがとうございました。
コプチャイ、ライライ。

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HPE News Dec.1 2018 最終号
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by kerokikaku | 2019-02-02 12:31 | H.P.E | Comments(2)